動物園・水族館のアニマルウェルフェアを支える:来園者・市民の役割
アニマルウェルフェア(動物福祉)とは、動物の生涯にわたる心身の健康と幸福な状態を目指す考え方です。これまでの記事では、主に動物園や水族館の施設側が行う具体的な取り組み、例えばエンリッチメントや適切な飼育管理について解説してきました。しかし、アニマルウェルフェアの向上は、施設側の努力だけで完結するものではありません。来園者や市民一人ひとりの理解と行動もまた、非常に重要な要素となります。
この章では、動物園や水族館におけるアニマルウェルフェアを、来園者や市民という外部からの視点で捉え、どのような関わり方が可能であり、また求められているのかについて掘り下げて解説します。
来園者の行動が動物に与える影響
動物園や水族館の展示動物は、少なからず来園者の存在を意識しています。来園者の行動は、良くも悪くも動物のウェルフェアに影響を与える可能性があります。
- 静かに観察する: 大声を出したり、展示ガラスを叩いたりする行動は、動物に不必要なストレスを与える原因となります。動物がリラックスして自然な行動をとれるよう、静かに観察することが重要です。
- 指示に従う: 多くの施設では、動物の安全とウェルフェアのために様々なルール(例:フラッシュ撮影の禁止、立ち入り禁止区域、特定の場所での飲食禁止など)を設けています。これらの指示に従うことは、動物たちの平穏な生活を守るために不可欠です。
- 餌を与えない: 展示動物に許可なく餌を与えることは、動物の健康を害したり、消化不良や病気の原因になったりする可能性があります。また、特定の動物に餌が集中することで、他の動物との関係性に悪影響を与えることもあります。施設が定めた給餌体験などを除く全ての場所で、餌やりは控えるべきです。
このように、来園者一人ひとりが動物への配慮を意識した行動をとることで、動物たちがより穏やかに過ごせる環境を作り出す手助けとなります。
市民の関心と施設の取り組みへの影響
市民社会全体のアニマルウェルフェアへの関心度の高さは、動物園や水族館がウェルフェア向上のための投資や取り組みを進める上で大きな後押しとなります。
- 意識の向上: 市民がアニマルウェルフェアの重要性を認識し、施設に対してより高いレベルの福祉を求める声が高まることは、施設側が取り組みを強化する動機となります。
- 意見の発信: 施設のアンケートや意見箱、ウェブサイトなどを通じて、アニマルウェルフェアに関する意見や要望を伝えることは、施設の改善に向けた貴重な情報となります。建設的な意見交換は、施設の透明性を高め、市民との信頼関係を築く上でも重要です。
- 報道と社会の議論: メディア報道やSNSなどを通じたアニマルウェルフェアに関する議論は、社会全体の意識を高め、動物園・水族館の役割や責任について考える機会を提供します。
市民の関心と声は、アニマルウェルフェアが単なる施設内の問題ではなく、社会全体で取り組むべき課題であるという認識を広げる力となります。
施設への具体的な支援の形
アニマルウェルフェア向上のための施設の取り組みは、多くの労力とコストを伴います。市民が施設を具体的に支援する方法はいくつかあります。
- 寄付・賛助会員: 多くの動物園・水族館では、アニマルウェルフェア向上や種の保存、教育普及活動などのために寄付を受け付けています。寄付金は、新しいエンリッチメントの開発、飼育環境の改修、専門スタッフの育成など、具体的な改善に活用されます。賛助会員制度なども、継続的な支援として有効です。
- ボランティア活動: 施設によっては、清掃活動やガイド、イベント補助など、ボランティアの募集を行っています。これらの活動は、施設の運営を支えるだけでなく、動物たちとの関わりの中でアニマルウェルフェアへの理解を深める機会にもなります。
- クラウドファンディング等: 特定の動物舎の改修や新しいエンリッチメント設備の導入など、特定のプロジェクトに対するクラウドファンディングが実施されることもあります。こうした取り組みへの参加は、具体的なウェルフェア向上に直接貢献できます。
金銭的な支援や人的な支援は、施設の経営を安定させ、アニマルウェルフェアへの取り組みを継続的かつ発展的に行うための重要な基盤となります。
学び、そして社会に伝える役割
動物園・水族館は、動物について学び、アニマルウェルフェアへの理解を深めるための重要な教育機関でもあります。
- 展示やガイドからの学び: 施設のキャプション、解説板、飼育員によるガイドツアーなどは、動物の生態やウェルフェアに関する貴重な情報源です。これらの情報を積極的に吸収することで、動物の必要性やアニマルウェルフェアの重要性について深く理解することができます。
- ワークショップやイベントへの参加: 多くの施設では、子供向けだけでなく大人向けのセミナーやワークショップも開催しています。こうした機会に参加することで、より専門的な知識を得たり、議論に参加したりすることができます。
- 情報を広める: 動物園・水族館で学んだアニマルウェルフェアに関する知識や経験を、家族や友人、あるいはSNSなどを通じて周囲に伝えることも重要な役割です。一人ひとりが理解を深め、それを広めることで、社会全体のアニマルウェルフェア意識の向上に繋がります。
教育的な側面は、来園者・市民が単なる受動的な観察者ではなく、能動的な学習者、そして社会における啓発者となる可能性を示しています。
まとめ
動物園・水族館におけるアニマルウェルフェアの向上は、施設側の専門的な努力に加え、来園者や市民の理解と協力があってこそ、より効果的に進められます。静かに観察することといった日々の小さな配慮から、意見の発信、寄付やボランティアといった具体的な支援、そして自ら学び社会に伝えることまで、来園者・市民には多様な関わり方があります。
アニマルウェルフェアは、動物たちが尊厳を持って生きられる社会を目指す取り組みです。動物園や水族館を訪れる際には、展示されている動物たちの背景にあるウェルフェアへの取り組みに目を向け、私たち一人ひとりがどのように貢献できるかを考えてみることが、この重要なテーマへの理解をさらに深める第一歩となるでしょう。