アニマルウェルフェア入門

アニマルウェルフェアを支える飼育管理:健康、栄養、衛生の役割【動物園・水族館】

Tags: アニマルウェルフェア, 動物園, 水族館, 飼育管理, 健康管理, 栄養管理

動物園や水族館におけるアニマルウェルフェアは、動物たちが心身ともに健康で快適に過ごせる状態を目指す取り組みです。その実現には、飼育環境の改善やエンリッチメントといった活動が注目されがちですが、実は日々の地道な飼育管理こそが、動物たちの福祉を支える基盤となります。本記事では、アニマルウェルフェアを支える飼育管理の重要な要素である健康管理、栄養管理、そして環境衛生に焦点を当てて解説します。

アニマルウェルフェアと日々の飼育管理の関わり

アニマルウェルフェアの概念は多岐にわたりますが、基本的な考え方として広く受け入れられている「五つの自由」があります。

これらの自由を確保するためには、適切な給餌や給水、快適な環境、病気や怪我の予防と治療、そして動物本来の行動を引き出す工夫が必要です。これらはすべて、飼育管理者が日々行うケアと深く結びついています。飼育管理は単に動物を生かすことではなく、その質を高め、動物が健康で豊かな生活を送れるように配慮する活動なのです。

健康管理:苦痛、傷害または疾病からの自由を確保する

動物の健康を維持することは、アニマルウェルフェアの根幹をなす要素の一つです。動物園や水族館では、飼育スタッフと獣医師が連携して、動物たちの健康状態を常に把握し、必要に応じて介入を行います。

日常的な観察と記録

飼育スタッフは、毎日の給餌や清掃の際に、動物の行動、食欲、排泄物、体つきなどに注意深く観察します。普段と異なる様子が見られた場合は、その情報を正確に記録し、獣医師と共有します。この日常的な観察が、病気や怪我の兆候を早期に発見するための第一歩となります。

予防医療と早期治療

予防は治療に勝ると言われます。動物園や水族館では、定期的な健康診断、予防接種、寄生虫駆除などを計画的に実施します。また、怪我や病気が発見された場合には、迅速に獣医師による診断と治療が行われます。動物の種類や個体の状態に応じた治療計画が立てられ、回復をサポートするための特別なケアが提供されることもあります。

獣医療と飼育管理の連携

獣医師は診断や治療を行うだけでなく、飼育環境や給餌内容に関するアドバイスも行います。飼育スタッフは、獣医師の指示に基づき、投薬や特別な給餌、安静にさせるための対応などを行います。このような緊密な連携が、動物の健康維持と回復には不可欠です。

栄養管理:飢えと渇きからの自由を確保する

適切な栄養は、動物の健康と福祉の基盤です。動物の種類、年齢、活動レベル、繁殖状態などに応じて、必要な栄養素の種類と量は異なります。

適切な餌の種類と量

動物園や水族館では、動物栄養学の知識に基づいて、それぞれの動物に最適な餌が準備されます。野生下での食性を考慮しつつ、飼育下で必要な栄養バランスが計算されたペレットや、新鮮な野菜、果物、肉、魚などが組み合わせて与えられます。不足している栄養素があれば、サプリメントで補うこともあります。給餌量が適切でないと、肥満や栄養失調、消化器系の疾患などを引き起こし、アニマルウェルフェアを損なうことになります。

給餌方法の工夫(フィーディング・エンリッチメント)

単に餌を与えるだけでなく、どのように与えるかも重要です。野生動物は餌を探したり捕獲したりする行動に多くの時間を費やします。飼育下でも、隠された餌を探させる、特定の装置から餌を取り出させる、生きた餌を与える(捕食者に対して)といった方法を取り入れることで、動物本来の採食行動を引き出し、心身の活性化を図ることができます。これは「フィーディング・エンリッチメント」と呼ばれ、アニマルウェルフェア向上に貢献する重要な取り組みです。

環境衛生:不快からの自由、疾病からの自由を確保する

清潔で衛生的な飼育環境は、動物たちが快適に過ごし、病気を予防するために不可欠です。

清掃と消毒

展示場や寝室、プールなどの動物が利用するスペースは、糞尿や残餌などで汚染されやすいため、定期的な清掃が必要です。清掃方法や頻度は、動物の種類や施設の構造によって異なります。また、必要に応じて適切な消毒を行い、病原体の蔓延を防ぎます。しかし、消毒剤の使用は動物にストレスを与えたり、有害な影響を及ぼしたりする可能性もあるため、種類や濃度、使用方法には十分な注意が必要です。

水質の管理

水生動物が暮らす水槽やプールでは、水質の管理が特に重要です。水温、pH、溶存酸素、アンモニア、亜硝酸、硝酸塩などの項目を定期的に測定し、それぞれの生物に適した状態に維持する必要があります。濾過システムの適切な稼働、換水などが、水質を良好に保つために行われます。不適切な水質は、動物の健康を著しく損ない、命に関わることもあります。

換気と温度・湿度の管理

陸生動物の飼育環境では、適切な換気が重要です。空気中のアンモニア濃度の上昇や、病原体の滞留を防ぎます。また、動物の種類に応じた適切な温度や湿度を維持することも、健康維持と快適性のために不可欠です。季節や天候、動物の状態に合わせて、冷暖房や加湿・除湿などが行われます。

飼育管理におけるアニマルウェルフェアの課題と取り組み

日々の飼育管理はアニマルウェルフェアの基盤ですが、これを高いレベルで維持するには様々な課題があります。

人員とコスト

質の高い飼育管理を行うには、十分な知識と経験を持ったスタッフが必要です。また、新鮮で適切な餌の確保、施設の維持・改修、高度な獣医療の提供には、相応のコストがかかります。特に経営が厳しい施設では、これらのリソース確保が課題となることがあります。

知識と技術の向上

動物に関する知見は常に更新されており、飼育管理の技術も進化しています。スタッフが最新の知識や技術を習得し続けるための継続的な教育や研修が重要です。

個体ごとのニーズへの対応

同じ種類の動物でも、個体によって性格や健康状態、必要なケアは異なります。それぞれの個体のニーズを把握し、きめ細やかな対応を行うことが求められます。

これらの課題に対し、動物園・水族館はスタッフの専門性向上、飼育環境の改善投資、他施設との情報共有や共同研究などを通じて、アニマルウェルフェアの向上を目指しています。

まとめ

動物園や水族館におけるアニマルウェルフェアは、単に広い場所を用意したり、変わった展示をしたりすることだけではありません。日々の飼育管理、すなわち動物の健康を維持し、適切な栄養を提供し、清潔で安全な環境を保つことこそが、動物たちが「生きる」上で最も基本的な福祉を保障する活動です。

大学でアニマルウェルフェアを学ぶ皆さんにとって、これらの日常的な飼育管理の重要性を理解することは、動物園・水族館が果たすべき役割や、そこで働く人々の専門性について深く考察するための重要な視点となるでしょう。アニマルウェルフェアの議論を進める上で、こうした地道で不可欠な基盤があることを忘れてはなりません。