動物の社会性と福祉:動物園・水族館の飼育における配慮
アニマルウェルフェアとは、動物たちが心身ともに健康で、その動物らしい生活を送ることができる状態を目指す考え方です。動物園や水族館では、このアニマルウェルフェアの向上に向けた様々な取り組みが行われています。その中でも、動物たちの「社会性」に配慮した飼育は、福祉を考える上で非常に重要な要素の一つです。
動物の社会性とは何か
動物の社会性とは、同種あるいは異種の動物間で相互に関わりを持ちながら生活する性質を指します。社会性のあり方は動物種によって大きく異なります。
- 社会性動物: 群れや家族単位で生活し、仲間との関わりが生存に不可欠な動物(例:ライオン、チンパンジー、イルカ、ペンギンなど)。
- 単独性動物: 基本的に単独で生活し、縄張りを持ち、他の個体との関わりは繁殖期などに限られる動物(例:トラ、オオカミ(例外あり)、クマ、一部の爬虫類など)。
- 一時的な集団を形成する動物: 普段は単独または小規模な集団で生活するが、特定の目的(採食、移動、繁殖など)のために一時的に大きな集団を作る動物(例:シマウマ、マグロ、一部の鳥類など)。
このように、動物種ごとに固有の社会構造や行動パターンが存在するため、アニマルウェルフェアを考慮した飼育では、その動物本来の社会性を理解し、可能な限りそれに合わせた環境を提供することが求められます。
社会性動物のアニマルウェルフェア
群れや家族で生活する社会性動物にとって、仲間との適切な関係性はアニマルウェルフェアの根幹に関わります。
- 群れの維持と構成: 動物園・水族館では、自然な群れに近い構成(年齢、性別、血縁関係など)を目指し、適切な個体数を維持することが重要です。不適切な群れの構成は、ストレスや争いの原因となることがあります。
- 社会的な関わりの促進: 休息、遊び、毛づくろい(グルーミング)、共同での採食など、自然な社会行動を促すための空間設計やエンリッチメント(環境を豊かにする工夫)が必要です。例えば、複数の採食場所を設けることで、群れの中での競争を緩和したり、社会的な相互作用を促したりすることがあります。
- 個体間の相性の考慮: 全ての個体が常に仲が良いわけではありません。群れの中でも特定の個体間に不和が生じたり、いじめが発生したりすることもあります。飼育員は動物たちの関係性を注意深く観察し、必要に応じて個体を分離したり、環境を調整したりする判断が求められます。
単独性動物のアニマルウェルフェア
単独で生活する動物種では、仲間との関わりではなく、個体が安心して過ごせる環境を確保することがアニマルウェルフェアの鍵となります。
- 適切なテリトリーの確保: 単独性動物にとって、自身の縄張りや安全な隠れ場所は非常に重要です。他の個体や来園者からの視線を遮る場所、休息できる場所など、個体が安心できる空間を提供する必要があります。
- 過度な干渉の回避: 単独でいることを好む動物に対して、人や他の動物が過度に接近したり干渉したりすることはストレスになります。展示設計においては、動物が望めば隠れることができるような配慮が不可欠です。
- 単独でも退屈させない工夫: 社会的な刺激が少ない分、採食方法を工夫する(フィーディングエンリッチメント)や、探索行動を促すような環境設定(環境エンリッチメント)など、個体の関心を引きつけ、多様な行動を引き出すための工夫がより一層重要になります。
飼育環境における具体的な配慮
動物の社会性に応じたアニマルウェルフェアを実現するために、動物園・水族館では以下のような具体的な配慮が行われています。
- 施設設計:
- 社会性動物には、群れ全体がゆったり過ごせる十分な広さ、個体間の距離を保てる空間、逃げ場や隠れ家などを設けます。
- 単独性動物には、個体が落ち着けるプライベートな空間、外部からの視線を遮る構造、多様な環境(高低差、多様な素材など)を提供します。
- 同居動物の選定と管理:
- 社会性動物の場合、年齢、性別、血縁、過去の経緯などを考慮して同居させる個体を選びます。導入前には相性を見極めるための段階的なステップを踏むこともあります。
- 単独性動物の場合、繁殖期以外は基本的に単独で飼育します。
- 群れの dynamics の観察: 飼育員は日常的に動物たちの相互作用を観察し、特定の個体間の関係性や群れ全体の雰囲気を把握します。これは、問題行動の早期発見や、飼育環境の改善に繋がります。
- エンリッチメント: 社会的な関わりを促すエンリッチメント(例:一緒に遊べるおもちゃ、共同で解決するパズルフィーダーなど)や、単独でも楽しめるエンリッチメント(例:新しい匂いや物体の提供、採食行動を模倣する仕掛けなど)を使い分けます。
課題と展望
動物の社会性に応じたアニマルウェルフェアの提供には、いくつかの課題も存在します。
- スペースの制約: 動物園・水族館の敷地には限りがあり、全ての動物に理想的な広さや多様性のある環境を提供することは難しい場合があります。
- 特定の個体間の不和: 特に社会性動物の群れにおいて、どうしても相性が合わない個体がいる場合、分離が必要となることもありますが、これは群れの自然な構造を崩す可能性もあります。
- 繁殖期の対応: 繁殖期には動物の行動パターンや社会関係が変化するため、特別な配慮や環境調整が必要となる場合があります。
- 高齢個体への配慮: 高齢になると、社会的な活動性が低下したり、若い個体との関係性が変化したりすることがあります。個体の状態に合わせた細やかな対応が求められます。
これらの課題に対し、動物園・水族館は継続的な研究、施設の改修、飼育技術の向上、そして個々の動物の慎重な観察を通じて、より良いアニマルウェルフェアの実現を目指しています。
まとめ
動物のアニマルウェルフェアを考える上で、その動物が本来持っている社会性を理解し、尊重することは不可欠です。動物園・水族館では、社会性動物には適切な群れ構成と社会的な関わりを、単独性動物には安心して過ごせるプライベートな空間を提供するため、様々な工夫が行われています。これらの取り組みは、動物たちが心身ともに健康で、その動物らしく暮らすために欠かせないものです。動物たちの社会性を理解し、それぞれに適した環境を整える努力が、アニマルウェルフェア向上の重要な一歩となります。